美食の報酬: 夕食を抜いて妹を作ろう!
キャノンボールの誘惑

海軍兵学校食堂・キングホール

食事の話の度に思うのだが、さすがというかなんと言うか海軍関係の食卓は豪華である。たとえ大味の国アメリカでもそれなりの質量とバラエティは確保されている。海軍兵学校でも朝からシリアルや卵料理各種にハムソーセージベーコンは無論の事フレンチトーストやワッフルまで出てくる。ミルクジュース果物もふんだんにある。好きなものを好きなだけ自分の皿に取ればいい。だが太る。メープルシロップの海にベーコンが泳いでいる光景を想像して見たまえ。甘いものが苦手な人間にとっては拷問だ。アイシングのかかったドーナツにさらにジャムを塗りながらなぜ何も口にしないのかと問われても…。「甘過ぎる」という概念はここアメリカでは理解されない。散々説明してなお「自制心が強いのね、羨ましいわ」といわれるのがオチである。我慢してるんじゃなくて我慢出来ないんだってば!

 最近さすがに少しメニューがヘルシーになったと発表されたが、アメちゃんのヘルシーというのはケチャップはトマトだから野菜一品目に加えていいよね〜♫レベル。しかもこういう歴史ある組織の伝統は一朝一夕で変わるものではない。こらそこ、クロワッサンにバター塗るなぁっ!
ああ日本の給食が懐かしい。日本人と生まれて貯めて来た健康がアメリカの食生活により急速に蝕まれていくのが体でわかる。もうやめて!私のHP(ヘルスポイント)はゼロよ!

 甘いといえばデザートも豪華である。というか、果物がデザートの部類に入ると思っているのは日本人だけらしい。男だらけの海軍兵学校でなんで夕食後にホイップクリーム特盛キャラメルソース添えアイス付アップルパイ・アラモードが必要なのか。理解したくはないがアメリカ人は菓子を食うのがオトナの男らしくないなどとは考えた事もないらしい。ガチムチの海兵隊員のおっさんが嬉しそうに子供と一緒になってアイスクリームを道ばたでなめている。若くて運動量の多い学生時代はいいが、この習慣が身に付いてるので後に管理職になると太る太る。ムチだけが残る。

 だが果物もデザートの主役になれる時がある。焼き林檎。もちろん中に色々具が詰まっていたりシロップ漬けではあっても。トレイに一杯運ばれてくる。これはキャノンボールと呼ばれる。大砲玉の形状だ。で、これを1人で12個完食出来れば夢の週末の外出(外泊?)が許される。
 未だ完食した人間を見た事がないので本当に外泊許可が下りるかどうかは不明だが、上級生の偉大なる権限を持ってすれば可能であろう。だが一個でも相当なボリュームとこってり味の焼き林檎。腹に重くのしかかるそれを1ダース。外泊どころか胃けいれんで病院行き(校内)だろう。そこまでして欲しい特権なのか?欲しいかもしれない。
 何しろ1年生は忌引きとクリスマス(と今は感謝祭も)以外の外泊は不可。車所持禁止。土曜の午後、昼食後に数時間校外に出られるものの2マイル以内限定*と犯罪者並みの扱われよう。制服だし電車なんかないし徒歩圏内をうろつくくらいしか出来ない。自分達を見に来た観光客向けの土産物屋しかないのに。惨めである。高校生の時は学園の花形で美女が入れ替わりナビシートを彩っていたのに何を間違ってこんな境遇に落ちてしまったのか。
出来ない事は実際より良く見えるもの。外泊許可を渇望したからといって誰が咎められようか。まあ2年生になれば年に2−3回位はうまくすれば許可が貰え、3年ならもっと頻繁に、そして4年生ならほぼ毎週外泊出来るようになる。人間辛抱が肝腎だ。今まで辛抱などした事のない坊ちゃん嬢ちゃんには辛かろう。

*:細かく言えば毎年門限や距離が変わったりする。特に事件が起きると一気に厳しくなる。現在は平和なのか一年生も校内の礼拝堂のドームから26海里(1海里=約1.85km)まで行ける。DCやボルティモアも射程距離内だ。が車がなければ絵に描いた餅。しかもその半径がカバーする面積の半分は川とチェサピーク湾。でもプリーブは車所持と運転は禁止。誰かの車に同乗は出来るがその誰かは学校職員か両親か公式スポンサー(里親)に限る。以前は2マイル以内制服着用だったが今は外出許可と終日制服着用はセット。いやそれ以前に一年生は私服不可だし所持も誰かに預けておくのも許されない。遊ぼうと思ったら制服では危ないが私服で先輩に見つかるのもヤバい。着替えを持って内緒で車で迎えに来る天使でもいれば遠くまで行けるが深夜12時までに部屋に帰れなかったら無事では済まない。シンデレラはボロ服に戻るだけだがプリーブはそこまで幸運ではない。点呼は代返など出来ないよう存在と人数を確実にチェックされるので諦めてそのへんを徘徊するか自室でゲームでもするに留めよう。


 候補生の食事は全員一緒。一堂に会して規律正しく食べる。さすがに日本の小学校のように自分で給仕はしないしテーブルクロスを洗う当番もないが、食べ物を口に運ぶにも犬食いなど許されない。皿など見てもいけない。正面を凝視しつつ食物を垂直に持ち上げ、しかるべき高さで水平にフォークやスプーンを口に運びきれいにモグモグする。そして空のフォークを今度は逆方向に直角移動させる。これを直角食い、スクエア・ミールと呼ぶ。まー食べ物を切ったりするのにちょっとくらい下を見るのはいいが、度を越すと先輩に頭から食われるので気が抜けない。腕も疲れる。
 食事時間は一年生の場合実質20分程度だが、その間ひっきりなしに先輩が交代で質問攻めにしてくる。毎日変わるメニューの品目。今朝の新聞記事。学生要項。何を聞かれるかわからないから、ただでさえクソ忙しい朝の時間帯に全てに眼を通して記憶しておかなければならない。
 もっとも入学してしばらくすれば誰が精神的に弱いかわかってくる。猛獣が狙うのは子供や病気などで弱った相手だ。質問の答がとっさに思い出せなかったくらいでアセったりどもったりすればもうおしまいである。その瞬間から集中攻撃が始まる。必ず答えられる者、わからなかろうが知らなかろうが自信を持って返答出来る堅固な精神力を持つ者は狙われない。しかし嘘を付いたのがバレたらひどいめに遭うからその一線はけして越えてはならない。そうして弱い者が餌食になっている間に他の一年生は命からがら食事をする。

 食事中、一つのテーブルを一年生が4人、2年生3−4人、3年4年生が2−3人ずつ(計12人)で囲む。先輩といっても最上級生はあまり一年生に意地悪はしない。我関せずの超越した態度が多く、よほどの事がない限り真打ち登場とはならない。2年生は最近までひどいめに遭わされていた記憶が新しいせいか出過ぎると自分に刃が跳ね返ってくるからかは分からないがまあそれなりである。だが3年生はたいてい容赦がない。それが自分の義務だと思っている風がある。この一見無駄な風習、実は未来の指揮官たる者の精神の鍛錬と記憶力強化にちゃんと役立っている。日本の小学校の給食メニューとのコラボで米国民全員に施すべきだと思う。自殺者は増えるだろうが。

 ところで飲み物などは大ジョッキで事前に各テーブルに配置済みとはいっても、4000人分の暖かい食事が5分以内に一気に配膳・給仕されるのはいつ見ても壮観である。調理人80余名、給仕100名超。ここは本当にアメリカですか? チップ払わなくてもいいんですね?組合があったらこうはいかないだろう。てことは組合がなければ出来るのか。病んでるぞアメリカ。

士官候補生整列隊形・リーフポイント暗記

 食事時に自由時間などないはずなのに、なぜだか遊ぶ時間のある奴もいる。夜もいちいち皆でフォーメーションというか隊形を組んで夕礼(課業整列)をこなしてから、整列行進で食堂に赴き夕食を決まったテーブルで皆一斉にとらなければならないのだが、学校代表チームの運動部員は練習が終わってから別のテーブルで食事が出来る。夕礼にも出なくて済む。同じスポーツ愛で結ばれた同士だからなのか単に疲れているのか、先輩もかなり優しくなにもかも大目に見てくれる。そして、このテーブルにいなければ自分の隊と一緒に食事をしているんだろうと皆思う。てか誰も気にしない。当然、隊のテーブルでも運動部と飯食ってるんだろうと思い込む。誰にも邪魔されない自由時間の誕生である。この時間を利用して妹を作ったりする奴もいる。後述。

 昼のフォーメーション。毎日やる方も大変。慣れるけど。


 ちなみに士官候補生は車移動などは校内では出来ない。だから広い広いキャンパスを歩く。走ることは許されない。自転車なんかあり得ない。寮の端っこから数学/工学部の教室まで許される限りの早足でも5分以上かかる。あの制服でビシバシ鬼歩き。
 ここは本当にアメリカですか?と再感涙する一糸乱れぬ統制。やれば出来るんじゃん!美的感覚からいっても素晴らしいが、いつも事前に用意する習慣が身に付き遅刻することがなくなる。行進や朝礼に誰かが遅れて来るなどただの一度もない。もっともそんな羽目に陥るくらいなら必死にどこかに隠れてやり過ごすだろうが、んなトロい奴はどうせ初年度を生き残れない。

 しかしどこにでも抜け道はある。教官達は構内に居を構えている。なかには偉いさんもいて、娘がいたりする。そーゆー娘と付き合っている士官候補生が車を持っていない場合、娘もてくてく歩かされる。デートだからヒールの高い靴かもしれない。父としては娘が可哀相である。で、校内の自宅前駐車スペースが一つ、用意される。見なかったことにされる。
— となれば話は簡単だがそうは問屋が卸さない。偉い人はたいてい全員同じ学校の卒業生。候補生の考える事くらいお見通しである。だがどこにでもその上手をゆく人たらしはいる。

 ここは通称キャプテンズ・ロウ、大佐通りなのか艦長街なのか、まあどちらでもよい。つまり将校の家が軒を並べるエリア。そして世界一の巨大学生寮バンクロフト・ホールのすぐ近く。しかもゲートが見える距離。この辺に駐車スペースがあれば楽なのになあ。最上級生は車を持てるが、それでもうーんと遠く、最果ての駐車場しか使わせてもらえない。3年生以下はその権利すらない。遠出したいならキャンパス外のどこぞの駐車場まで雨ニモ負ケズ歩くしかない。貴重な自由時間が大幅に減る。車社会のアメリカで車を使うなというのは無茶である。そもそも都市計画が徒歩移動を計算に入れていない。たとえその都市に出る機会がほとんどなかろうとも、せめてそのたまの機会に最大限に車を使えないものか。

海軍士官学校の地図

 さて、大佐通りには軍属も住んでいる。医者とか歯医者とか。彼らは軍のしきたりに詳しくない。どこをどうやってたどり着いたのか、カナダ人もいる。まったく詳しくない。その奥さんは民間人で、当然慣習や規律など知らないし気にしない。このお医者さんに娘が4人いたりする。妙齢である。だが人たらしはここですぐデートに持ち込んだりしない。4人いるのに下手に一人選んで嫉妬されても困るし、その娘と別れたらおしまいである。彼は一番年下の子がマラソンに出ようとしている事を知り、僕も出場するから一緒にトレーニングをしようと申し出る。毎日走り込んで – いや、こまされているから女の子のスピードでは自分の練習になど到底ならないが、優しいお兄さんが妹のように可愛がって面倒を見てあげているという構図。独りで車道を走っていてはねられたりしたら大変だが、お兄さんが付いていれば車の多い夜も安心。

 そうして信頼を勝ち得た人たらし、実際にマラソンに出ちゃったりもする。そうこうするうちにお医者さんの家に自分用のクロゼットが出来ちゃったりする。私服、私物、果てはスキー用具一式まで持ち込む。完全に家族扱い。ここまで来ればしめたもの。さりげなく自分の車をそこんちの前に停めておいたからって誰も気にしない。何しろ子供が4人もいるのだ、たとえフォードマーベリックが停まっていたって娘や友達の車かもしれない。警備の者もそこまでチェックはしない。こうして車運転禁止のはずの2年生の分際で自分の寮のすぐ眼の前に車を平気で置いておく事が出来るようになる。灯台下暗し。次の年もBMWでそのまま続行。もちろんこいつの車に候補生である事を示すステッカーなど付いていない。4年生なら駐車場も使えるが、使用には許可証が必要。そんなものが張り付いた車が大佐通りにあれば速攻でバレる。無印上等。深く静かに潜航せよ。

 ほころびはいつも女から来る。お父さんは気にしてないが奥さんがそろそろしびれを切らして来た。4人も娘がいるのに、もう一年以上経つのに、いまだにこの男は誰も選んでいないのだ。「この私の」娘達の一体何が気に入らないというのか。そりゃお尻はちょっとJ−Lo並みにたっぷりしてるとはいえ、顔はみんな私に似て十人並み以上なのに。将来の息子になるかと思えばこそ大事に扱って来た明るく爽やかな青年だけど、うちの子と付き合う気あるのかしら。口には出さねど疑惑でいっぱいである。この辺を誤摩化しごまかし関係を続けるのがタラシの所以であるが、破局は近い。残念だがそろそろ歩いて15分の駐車場に愛車を移動する時期が来たようだ。最後まで爽やか、あとを濁さないのが人たらしの身上である。

いつまでもいいお友達でいようね、みんな。


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