ケネディの遺産:伝統のアメフト対決第2弾: ARMY-NAVY-GAME

ケネディ暗殺とアーミーネイビーゲーム

President Kennedy's grave at the Arlington Cemetary

ウエストポイント陸軍士官学校とアナポリス海軍兵学校のフットボールチームが対決するアーミーネイビーゲームは今年114回目を数える。この長い年月の間にはいろいろな事件があった。2つの大戦が終り、社会の変革が起きた。そして今から50年前の12月、この伝統の対決が行われたのはアメリカ全土が大統領暗殺の悲しみに沈む暗く寒い日だった。


ケネディ大統領の葬列に向かう遺族

1963年、11月22日、金曜日。運命の銃弾に若き大統領が倒れ、アメリカ全土は自粛の嵐に包まれていた。月曜日の葬儀までの2日間、国民はTVの前でニュースに釘付けとなり、国葬に参列する美しい未亡人と幼子達を網膜に焼き付けた。暗殺の8日後に予定されていたアーミーネイビーゲームも一時は中止の憂き目に遭うかと思われたが、ジャクリーン未亡人とロバート・ケネディのたっての望みにより延期して実施されることとなった。真珠湾攻撃の日に。


フットボールのトレーニングキャンプを見に来たケネディ大統領アメフトチームのキャンプ地を訪問するケネディ大統領

ジョン・F・ケネディは海軍の将校かつ参戦した英雄でもちろん海軍びいきである。大統領としてもアナポリス海軍兵学校を何度も訪問している。まあ卒業式には三軍のうちどれかには必ず大統領が来るのだが、それ以外にも式典で演説したり遊びに来たわけである。フットボールも好きで就任後もアーミーネイビーゲームを2年連続参観。3年目の一週間前に凶弾に倒れたのだ。だから、もし彼が生きていれば必ず試合を見たがっただろうし、現実主義者だった彼は試合の中止を喜ばないだろう。そう判断したジャッキーの鶴の一声でその年のアーミーネイビーゲームの開催が決まった。当時スーパースターのロジャー・スタウバック率いる海軍兵学校チームは全米2位。陸軍士官学校も一試合差で追っていた。士官学校がフットボール強豪だった頃。今や国を挙げてのお祭りであるスーパーボウルもまだなく、国民が政府に全面的な信頼を寄せていた年代。それは悲しみを振り払い前進する為のきっかけを摑もうとする全米が待ち望んでいた試合だったのだ。

葬送の調べ

ジャッキーからのお願いは他にもあった。大統領の棺を安置した議事堂のドームで海軍兵学校の聖歌隊に歌って欲しいというのだ。最初は安置している間ずっと歌い続けてくれとの要請だったがさすがにそれは体力的にもスケジュール的にも厳しいので、葬列が議事堂からホワイトハウス経由で教会に行く際に機会を作ると決まった。

当日軍のお約束として必要以上に早くホワイトハウスにバスで送り込まれた士官候補生達。2時間の自由時間が与えられ、探検するうち庭の木々や薮の蔭に散在する子供の遊具を発見。ジョンJr.やキャロラインの遊んでいたブランコ、木馬、トランポリン。全米が悲しみに沈んでいたとはいえ、士官候補生はTVの前に座る時間も機会もほとんどない。特に一年生(プリーブ)はテレビのある中隊娯楽室への入室すら禁止されている。だから全ての情報は口伝えで、視覚によるインパクトに欠けていたのか若いから仕方ないというか、ついついみんなでトランポリンやブランコに興じてしまったのだった。

ケネディ大統領の葬儀に参列する世界各国の要人葬儀に参列する各国要人と大統領の棺

その後海外の要人(シャルル・ド・ゴールにフィリップ殿下、西ベルリン市長にエチオピア皇帝というところが大時代)と一緒に棺の到着を待ち、教会まで遺族と共に歩いて行く葬列を歌で送り出した。数曲を歌い終わる頃、棺を先導する海兵隊儀杖隊に加わったロイヤルスコットランド連隊のバグパイプが後を引き受けた。その音が遠ざかり聞こえなくなるころ士官候補生達はようやく役目を解かれバスに戻ってお弁当をぱくついたのだった。アーリントン墓地ではオールド・ガードが待っているだろう。あとは学校に帰り、いつもの規律正しさに戻るだけだ。

Roger Staubachロジャー・スタウバック

いつもの規律正しさというのものの、アーミーネイビーゲームが近づくにつれ校内にはある種の緊張がみなぎってくる。まあ二言目には…いや一言目、寝言にまで打倒!陸/海軍!!!!と叫ぶのが常態であるのみならず体で証明しなくてはならなくなる。だが1963年は少し違った。軍の最高司令官が斃れたのだ。いつ試合中止の報があるかと身構えていた選手達は、延期開催が決まった時もし大統領が見ていれば必ずや喜んだであろう試合にする決意を新たにした。その年、海軍士官学校が勝利し、ハイズマン賞をスタウバックが獲得する。
実は試合期日が延期されたせいで既に試合前に受賞者は決まっていたのだが、だからといって浮かれた気分になることはなかった。これはチームの力だ。もしチームが弱ければクォーターバックが注目されることもない。だからこのトロフィーはみんなのものだ。試合が終わったら像を切り分けよう。スタウバックはそう言い放ったのだった。本当に切り刻んだかどうかまでは知らないよ。カシアス・クレイが金メダル川に投げ込んだ話は聞いたけどね。

2つの50年目

Army-Navy game logo

そして今年12月。感謝祭が終わり、緑の針葉樹と赤いリボンの目にも鮮やかなリースが家々のドアを飾り始める頃、アメリカの大学フットボールシーズンも大詰めを迎える。伝統の対決やイベントは数あれど、大学最優秀選手に与えられるハイズマン・トロフィーは目玉の一つだろう。このトロフィーの受賞者は伝統あるアーミーネイビーゲームの日に発表される。注目されすぎてか早熟でピークを過ぎてしまうのかプロに入って大活躍する人材は意外と少ないのだが、中にはスーパーボウルリング複数所持者や公私にわたって有名というか悪名高くなる人物(OJシンプソン)もいる。このうちの有名なだけで済んでいるアメフト殿堂入り選手の一人にロジャー・スタウバックがいる。海軍士官学校の卒業生。アメリカの士官学校でハイズマン賞を受賞したのは彼が最後だ。50年前の話である。なぜ今回そんな昔の話をしているのか。まずひとつは今年はケネディ暗殺事件から50年の節目の年で、JFK暗殺の起こった11月には各メディアの特集が大々的に組まれ、大統領の暗殺がどれほど当時の人々の心をかき乱したかを再確認させられたから。

Pearl Harbor Bomberded終戦後12月7日(米国時間)にはカミカゼ鉢巻に帝国軍パイロット姿の日系士官候補生を担いで「空襲ー!敵機飛来!」などと叫びながら走り回る連中もでたそうな

そのせいかどうかわからないが、今年は初めてパールハーバーについてのコメントを個人的に聞くことがなかった日だった。もう死に絶えちゃったのかねえ、そんなことを日本人にわざわざ言うほど高齢の方々は。でも実際に戦後すぐ日本に来たことのある人は結構日本びいきである。日本人大好きが嵩じて女子高生ホームステイを喜色満面で引き受ける元占領軍兵士のじい様だとか。それ以降も日本人に能率的な仕事のやり方を教えに行ったつもりが工場勤務の下っ端までが勤勉緻密かつ日々是改善が座右の銘という日本式仕事道に感銘しチームワーク啓蒙者と化したルナローバー作ってたお向かいのおっさんだの、本物の人と文化に触れて日本に入れ込むようになったアメリカ人は枚挙にいとまがない。
それはともかく士官候補生は自分の卒業する年度のちょうど50年前の先輩と師弟関係とまでいかないが交流を持つことになっている。それ以上前だと生きてる人がいなくなっちゃうしー。この大先輩はフットボールの試合や何かの式に出たりもする。今年はその前後の卒業生含め1963年の生き証人が勢揃い。彼らの指輪を溶かして混ぜた金から後輩のクラスリングが作られたりもするので黄金の絆と呼ばれる。これが2つめの50年目の絆。

天使復活の日

Blue Angels' Fly Over at Army Navy Gameブルーエンジェルス復活

そして12月14日。今日は雪。視程3マイル雲高1500フィート以下では中止となるフライバイ。それでもブルーエンジェルスとアパッチヘリのフライオーバーは行われた。緊縮予算謹慎から復活したことを全国的にアピールするもってこいの舞台だからね。またCMもここぞとばかり独占中継局のドル箱番組NCIS。コイントスに使われる硬貨は50年前にケネディ大統領が使う予定だったもの。ついに日の目を見て嬉しいだろう。

the coin that JFK was to toss 50 yrs agoケネディ大統領が使う予定だった
コイントス用の硬貨
'63の勝利チーム主将に贈られた

50年後の今年は海軍兵学校は成績こそ悪くないものの全米2位とは程遠い。が軍関係者全員が応援するアーミーネイビーゲームは順位と関係なく盛り上がる。いや、盛り上がるはずなのだが11連敗中の陸軍黒騎士団サイドは今ひとつ覇気に欠け、対する11連勝中の海軍士官候補生ズも絶対勝たねばという闘志に欠ける。もはや勝って当たり前。10連勝で迎えた去年の試合前、ゲストの某海軍長官がアナウンサーにどこまで連勝記録が延びると思うか聞かれ(よくある優勝候補に「勝てそうですか、自信は?」などと問いかけ「先のことは考えず一番一番を大事にとりたいです。ごっつあんです」「まず目前のこの一試合に全力であたっていくだけです」などとお決まりのセリフが返ってくる、あれですね。偉そうなことを口走るとマーフィーの法則が発動しボロ負けするため絶対勝てると確信していてもわざとらしいまでに謙虚に振る舞わねばなりません)「10年一区切り(one decade at a time)ずつ地道に考えていきたいと思います」と真面目な顔で言い切りアナウンサーとコメンテイターが涙を流して笑い転げた過去がある。これ以上やると陸軍に刺客を放たれても文句は言えない。

プリズナーの背中に11年と書いてある釈放寸前の交換留学生の背中に11年と嫌がらせ文句が

去年も今年も勝ってしまったので12年連続である。困る。第三クォーターにやっとタッチダウンして無得点を回避してくれたのだけが救いだが救いきれない。4年間一度も勝利を味わわないままウエストポイントを卒業したカデットの人数が一万人を超えるなど危険すぎる。伝統の死闘でもなんでもなくなりかけている。陸軍士官学校チームのコーチも解雇決定。

賭けに負けて海軍ジャージを着て記念撮影させられる陸軍の将軍賭けに負け海軍ジャージを着て記念撮影させられる陸軍の将軍閣下

まあ民間なんて1シーズン待たずに解雇されるしな、成績如何では。アメリカのフットボールコーチというのは平気で億を稼ぎ出すから勝って当然負けたら責任取らされるのがデフォとなっている。プロともなればたとえプレーオフに毎年出ていてもスーパーボウルに勝てなければ解雇なんてのはザラ。まあ負けても負けても10年以上解雇されない不思議な高給取りもいますが。

Army Navy Game Poster by Nike互角の対決でこそ盛り上がる伝統

ここまで一方的だと何やら陰謀説に傾きかねない。まさかとは思うけど海軍、期待出来そうな運動選手を成績いかんに関わらず入学させるとかそーゆー裏工作してないだろな。してないよね?たとえ3分の1の新入生がナップスター(予備校経由)だとしても、だからって全員フットボール選手なワケないもんね。ね?
あるいは自分も目撃した状況から察するに、美女を入学させ過ぎてフットボール選手枠が削られているのではないだろうか、陸軍士官学校は。もしくは美女達のせいで選手の情熱がどっか別の方角にそれてるのではなかろうか。
ただの想像ちゃうで。根拠あんねんで。

陸軍恋愛士官学校…違うから!

海軍兵学校チアリーダー同士の求婚シーン公務員チアリーダー同士で婚約成立

今年、神聖な伝統の死闘の舞台となるスタジアムを恥も外聞もなく私物化しプロポーズしやがった輩がいる。海軍だけじゃない。ウェストポイントの怪我したフットボール選手も婚約者をお披露目。普通の試合ではありがちな光景だし、特に女性客を骨まで蕩かすこのスタンドプレイは例外なくウケるのだが、ここをなんと心得る、士官学校対決の檜舞台ぞ、控えおろう!

スタジアムでの求婚シーン少なくとも共食いではない二人

そんなことを言っても最近の子には通じない。そもそも校内恋愛が普通なのだから平気である。毎年のようにTVの前で婚約する。お前らなぁ、士官学校は遊ぶ所とちゃうねんで。将来戦争に行って部下に突撃して来いいうて命令せなあかんかもしれんねんで。日々その為の訓練をする場なんだからもうちょっと矜持というモノをだな・・・。

大体ウバ(女子士官候補生)と付き合ったりしたら何を言われるか知れたもんじゃない。スティグマ。トラウマ。ダークサイドに転落。そんなことしなくてもいくらでも外から女の子が来る。君を尊敬してくれる女の子が。

海軍兵学校のストリブリングウォークここを毎日行ったり来たり

まあそれでも暗黒面に堕ちる奴はいる。蓼食う虫も好きずきと言うアレであろう。それに校内にいるしかない平日の選択肢は限りなく少ない。せいぜいがとこストリブリング*あたりで前を行くお嬢さんを追い越さずいつもよりゆっくり歩いてお尻の眺めを堪能しつついっとき楽しい時間に浸るくらいが関の山である。ついつい手近で間に合わせようという短気な人間が現れてもおかしくはない。だがどういうわけだか女子は太る。入学当初はそうでもないのにみんな太る。男子用にカロリー計算された食事だからというのが推定原因なので女子も自分で食餌制限をするのだが、それでもぽってりん。だからあんまり楽しい眺めに頻繁にお目にかかれるわけじゃない。特に今はバックパックがじゃまで何も見えないし。

 * ストリブリング・ウォークというのはアナポリス海軍兵学校の校庭の広場の煉瓦道。晴れた日のお教室への行き帰りに士官候補生が通る。

こないだなんか究極の掟破りに遭遇した。なんとプリーブと結婚した*というのだ。士官学校では新入生であるプリーブと上級生の個人的な交流は一切認められていない。そもそもプリーブの女子と私語を交わすのも許されないはずなのに、何をやっとるのかね君らは。恐らく彼は自分が卒業(2004)して相手がヤングスター(2年生)になったあたりでモーションかけ始めたのではあるまいか。そうであることを祈るばかりである。そんで彼女が卒業した2007年以降に結婚したと。卒業するまで結婚は出来ない決まりである。内緒で結婚した所でバレたら一巻の終わりだし、バレなくても結婚生活が送れるわけじゃない。それでも待つ価値のある相手だったということか。まあ宇宙人が侵略して来たら一緒に戦えるわな。

一応言い訳としては「彼女のお父さんも卒業生」だそうだがそれだけで言い逃れられる所行とも思えない。だがどう突っ込んでも奴は蛙面馬耳の鉄面皮。公衆の面前で元プリを見る目が♡♡。もう既に散々周りから揶揄されて来たので今さら何をいわれようが平気の平左なのだろう。現在候補生の皆さんは真似をしてはいけませんよ。

* プリーブとの私的な関係は性別関わりなく御法度。部活では普通に話もするが握手も含めお触り禁止。触ってなくても何か気に入らないとセクハラと叫ぶ不心得者もいるので相手が男だろうと女だろうと決して二人きりになってはいけない。なんという情けない世の中になってしまったのだろう。

Army-Navy game logo

それで思い出したが、今年度から男女統一された制服と制帽(カバー)。男女同じで別にいいじゃんと思ったのが大間違いだった。実際見ると違和感ありまくり。まずたいていの女の子は水泳選手や砲丸投げ選手を除き男より肩幅が狭い。だが制帽の広がってる部分は全員同サイズ。だから女子の帽子は妙に肩幅に釣り合わずやたら大きく幅広に見える。特に後ろからだとその見慣れないバランスに戸惑う。刈上げじゃなくてピッグテールとか低い位置のお団子ヘアなので首が太く見えるし。

ストリブリング・ウォークを通り過ぎる士官候補生どれが女の子か今ひとつわかりにくいですね

それだけならまだしも、たまにヤード(キャンパス)でいちゃついているバカップル(規則違反)がいると、遠目には男同士で戯れ合っているように見え、血も凍る背筋が寒くなる光景だったりする。スカートの重要性を再認識した瞬間だった。一年だけ試験的に実施し、女子のアンケートの結果によって続行するかどうか決めるというが、今のところ9:1で昔の女子用の帽子が人気だそうだ。でももう元に戻らない*かもしれない。またシャツに突っ込んでいた男子のタイもタックで押さえる式になり、動く度にタイの先がフラフラするのが気になって仕方ない。ゲイ過ぎ…いや、格好は悪くないが邪魔だろ。まあ化学の実験はエプロンつけるからいいだろうけど…ああ不都合なことが山ほど思い浮かんで苛ついて眠れません。

* なぜならウバという言葉も女子候補生や卒業生が平気で自分たちの事をそう呼んでいるばかりか、あまつさえ「スーパーウバ!イェイ!!」などというTシャツを着込んで公の場に登場したりしているにもかかわらず学校側が使用全面禁止のセクハラ用語認定した状況がある昨今、女の子用帽子の先行きは危うい。だがスカートは公式記念行事などの場合の選択肢として残されるかも。女子ばっかりずるーい。先生ひいきー。

マスコット受難の歴史:ラバ

banana-slug真夜中のキャンプ場のトイレのドア裏にびっしりと…

さて、スポーツの試合に欠かせないのがチームマスコット。別にいてもいなくても構わないような気がするものの、どこのチームも必ず何かでっち上げてくる。たいていはスピード感のある鳥とか犬とかネコ科の動物でキャラとしてはありきたりだ。が、たまには巨大バナナなめくじズだとかアイアンピッグス(ピッグアイアン=銑鉄。製鉄業の盛んな町)だとかボルティモア大鴉群(陸軍士官学校を放校となったポーが突然死した街)、ボブ・ドール(=元副大統領候補。中学生が自分で選んだチーム名)ズなどという非常に個性的な名前も散見される。


陸軍士官学校マスコットのラバのお尻

で、士官学校にもマスコットがおり、空軍はありがちな猛禽類なので捨て置くとして陸軍はラバ、海軍は山羊である。第一弾で山羊誘拐の歴史を書いたがラバも実は一度誘拐されている。山羊のビル事件簿に負けず劣らずのアクション巨編。
何しろラバはでかい。抱き上げて車に押し込むような楽な仕事は出来ない。それに陸軍士官学校のラバ厩舎は鉄壁の守りで固められている。まずあの僻地の砦、ウエストポイント士官学校敷地内にあるばかりか、厩舎のある獣医院施設区域に入るのにまた警備付きゲートを通らねばならない。

陸軍士官学校のマスコット、着ぐるみラバのブラックジャック

おまけに金銀プラチナコインを製造する造幣局支所まで隣接しているので普段から警備が厳しい。近づく事すら難しい。
対する海軍兵学校の山羊は兵学校から数十キロ離れた酪農場で農家の人が普通に飼ってるだけ。錠をひとつ壊すだけであっという間に敵の手に渡ってしまう。
だがこのまま海軍士官学校のマスコットばかり誘拐されまくっていては沽券に関わる。俺たちがやらずして誰がやる!

ミッション・インポッシブル

そう心に誓った1991年の候補生17名、観光客を装い何度も敵地視察し、内部事情調査を始める。敵地周辺の状況、建物の位置関係、駐車可能な場所、警備の人員配置、人数に交代時間、複数の逃走経路。写真を撮りビデオを撮り、電子工学専攻の学生が警報システムを分析する。潜入隊員には卒業後戦闘機パイロットや海兵隊員、シールズとなる連中を選抜。そうして立案から1年、ついに大誘拐作戦を開始したのだった。

その道程は平坦ではなかった。一度など感謝祭の翌日に行ってみたものの、給餌の時間が変更されていて計画を諦めなければならなかった。だがアーミーネイビーゲームも近づき、否が応でも対抗意識が盛り上がっている。もう時間がない。このまま為す術もなくすっこんでいてよいものか。決意を新たにした海軍士官候補生達は再度不可能に挑戦する。

当日陸軍兵士とMPの格好に身をやつした実行班はNY州のライセンスプレートに「打倒海軍」のバンパーステッカーまで貼付けた車で堂々進入。が平和な木曜の朝、いつもなら給餌の一人しかいないはずの厩舎の警備がやたらと増えている。兵士に民間人までわさわさいる。情報漏れか?

だがもう後戻りは出来ない。飼料の配達と偽って警備を惑乱したコマンド―部隊、瞬く間に視界にいるすべての敵を制圧。そして馬並みの体力でロバ並みに頑固なラバ4頭を廃蜜糖入りのスイーツで手なづけなだめすかしてトレイラーに積み込む間、陸軍MPに変装した士官候補生が厩舎内部の勤務団を「海軍のアホどもがラバを狙っている。安全のため移動する」と説得。嘘はついてないもん。
ところがラバを積み終わった刹那、鎮圧されたはずの警備の一人、身長195cm元レンジャー部隊の軍曹がプラ手錠に猿ぐつわをものともせず閉じ込められていた馬房の窓を割り脱出、非常事態を宣言。発進したトレイラーを阻止すべく立ちはだかるも果たせず、自らの車に乗り込み高速カーチェイスを開始。これをなんとか振り切ったラバ様ご一行はゲートを突破。しかし車のナンバーを控えられてしまった。

陸軍は追跡にヘリ3機を投入、姑息にも州警察にまで応援を頼み、高速道路の料金所に検問が敷かれる。知らせを受けた国防総省のセキュリティポリスもアナポリス海軍兵学校のゲートに急行。このままでは逃げ切れない。
ここでラバを積んだ車両だけが別行動をとる。行き先を知るのは同乗者のみ。仲間が捕まっても経路がバレないようにする為だ。アナポリスは南に位置する。最短コースを行けば捕まるのは目に見えている。そこで彼らはまさかの北へ進路を取る。監視のないアルバニーから大回りの南西ルートでペンシルバニアを経由しメリーランドへ。途中兵学校所有の酪農場でラバ達に水と食料を与え、別動隊の一部と合流した一行は最終目的地、試合前の応援激励歓送会、ペップ・ラリーが行われるアナポリス海軍兵学校へと向かう。


すべてのゲート前には追っ手が待ち受けているだろう。ラバ連れコンボイを見逃すわけがない。それでも最後の望みをかけて一番目立たない端っこのゲート8を選び、辺りが暗くなった冬の夜7:15に到着。がその途端光の渦に包まれ、闇の中から忽然と姿を現したパトカーに囲まれた。車から引きずり出され連行され手足を広げて壁に張り付かされる候補生。これでとうとう幕引きかと思われた時、救いの神が現れる。当日の当直士官、元バスケ部キャプテンで縦も横も男以上の偉丈夫、アンジェラ・スミス大尉だ。警戒網を潜って先に帰着した仲間が事の次第を訴えてくれていたのだ。そんな大変な事をしでかしてくれた英雄を救わねば女が廃る。スミス大尉が可愛い後輩たちを拘束する男達に啖呵を切る。ここは海軍の敷地、私が全権責任者である。即刻彼らを開放し、ペップラリー会場までラバを先導するように!

ペップラリーに登場するアーレイ・バークさんアーレイ・バーク@ペップラリー’60

逮捕寸前の誘拐犯から凱旋の将に変貌した候補生達。警官を先導に陸軍士官学校のラバ4頭を引き連れ現れたラリー会場の狂躁はいかばかりであったろうか。筆舌に尽くしがたいだろう。もちろん海軍兵学校の校長には自分らの過去の悪行を大気圏外に放り上げた陸軍士官学校校長から直々に公務執行妨害器物破損政府所有物窃盗強盗等々、悪の化身共についての誤情報が既に注進されてはいたが、大誘拐執行部隊の報告を聞いた兵学校校長はそちらを信じてくれた。念のため付いていった士官の大人の口添えも効いたようだ。彼らは誰も傷つけていない。たったひとつ壊さざるを得なかった錠は新しいものと交換したし、アクション軍曹の破けた制服も弁償した。
彼ら黄金の17人は未来の職を失いムショ行きになるかもしれない危険を冒してまで海軍の名誉を挽回してくれたのだ。

怒り狂った陸軍はラバを今すぐ返せとのご所望であったが海軍はスタジアムで引き渡してやる、指でもくわえて待ってろ、とツレない返事。いままでヤギのビルが誘拐されまくりだった溜飲をやっと下げたのだった。2日後、ネイビーが24対3で勝つ。その年のフットボールシーズン唯一の勝利。たとえそのような惨めな出来の年でも陸海対抗試合のときだけはあり得ないほどの闘志と潜在能力が沸き上がり勝てるものなのである。

結果に一喜一憂の海軍士官学校の偉い人達一番盛り上がってるのはいつも老人 血圧注意

だから12年連続敗退なんて想定外すぎるよどうしちゃったんだよウエストポイント。今年なんか雪が氷雨になって帰りの足、特に飛行機の欠便が気になってかほとんどの観客は試合の結果も見ずにさっさと帰ってしまうほどの一方的なゲーム展開。お願い、一刻も早く勝って!50年前の卒業生たちが死んでも死にきれなくなっちゃうよ。あ、でもそれって長寿の秘訣?


地に塩、敵に塩 なめくじに(略)

こうなったら何か陸軍士官学校が勝ってる話をせねば収拾がつかん。おお、思い出したぞ。去年だか一昨年だか、ゲーム当日朝アナポリスの全員に陸軍士官学校のファンだか父兄だかのおっさんから一斉配信メールが来たそうな。
「同類と思われて恥ずかしいからゴミ散らかすな持って帰れ」
まるでY校みたいな言われよう。明らかにITセキュリティは薄いアナポリスであった。

それからホラ、試合前のペイトリオット・ゲーム。ハリソン・フォードじゃなくてロッキーごっこしたり綱引きしたりするほう。あれのショッピングモールでの懸垂対決、今年ウエストポイントが勝ったじゃん?スタジアムでの障害物競走も勝ったよね?

前夜祭で燃やす敵の船

えーとそれと、前夜祭で燃やすためだけに何日もかけて君らが作ってるヘッタクソな船モドキ。あれも実は下手なんじゃなくて最新のステルス船体形状を忠実に再現してるだけなんだよね? 海軍兵学校で燃やす木のラバなんて木馬どころかホーキに目鼻程度だもん。お恥ずかしい限り。騎兵隊がご先祖にいる陸軍様からみたらそれこそ馬モドキとすら呼べないってくらい。えっとー、あとなんかあったっけ?

士官学校校長一本勝負

あっ、校長!中身はともかく見た目の勝負ならどう転んでもウエストポイントの勝利。見ろこの陰影に富んだ表情を。このお方に審問されたくないです。

アメリカ陸軍士官学校の校長

対するアナポリスの校長・・・。せめて口髭がなければもーちょっと・・・。

アメリカ海軍兵学校の校長

厳しい教育方針

気を付け姿勢の罰を喰らっているカデット

今年、TVに一瞬映った妙な顔のカデット。陸軍今年最大の失点だの何だのとからかわれていますがあれは陸軍の正しい教育方針を示しているのです。一般の方々は寒いからとか疲れてたんだろとか偶然情けない顔してるのを撮られてしまったと思って笑っているようですが、あれは罰として一日中ブレースアップさせられてませんか? 口を開けて変顔な所をみるときっとあまりシャープな方ではなくいつもアホな事をしでかしている輩なのでしょう。そうでもなければアーミーネイビーゲームの最中ずっと正面だけを見つめアゴを首に埋めた気を付け姿勢を取らされるなんて事はないはずです。自分から学校を辞めさせようという魂胆でしょうか。単に鼻が詰まって息が出来ないだけだったりしてね。それでもあれはブレイスアップさせられてるよ絶対。なぜならこの直後、周りの候補生はカメラの方を向いたけど彼は視線が流れただけで姿勢はそのまんま。ハナもかめないしテレビカメラに向かってアピールも出来ない様子がありあり。一体何があったのか。もっと楽な罰なら対抗試合の間ずっと学校で謹慎程度で済んでるはずだし。

鉄壁の統制

入場行進に紛れ込んだ偽カデット

それからお行儀。今年はなぜかプリズナーだったカデットも交換時に喜び勇んで走って帰るというウエストポイントにしては破天荒な行動に出てくれたが、普段は何があっても隊列を崩さず視線も正面。
たとえ試合の前の入場行進最後尾に偽カデットが混じっていて、いきなり大観衆の面前で灰色ケープ(しかも本物が手に入らなかったので裏が深紅のバージニア軍事大学のケープ)を脱ぎ去り、下に着込んだN☆マークも鮮やかなセーターにさっき会場で買ったばかりの海軍兵学校ペナントを振りかざし「してやったり!」と走り回り囃し立てたとしても皆さん動揺などしません。精神的にはしてるかもしれませんが顔にも体にも出しません。行進中や整列時に勝手に横を向いたりなどとんでもありません。

N-Star Logo

憎きウソカデットにたちまち群がる報道陣のカメラのフラッシュの放列にも眩まされず微動だにしない。素晴らしい統率です。多少の罵詈雑言は聞こえたような気がすると行進に紛れ込んだ当人が言っておりますが自業自得です。

* Nマークはアナポリス海軍兵学校の運動部で記録を出したり大会に上位入賞などしてバーシティ・レターを獲得した生徒に贈られます。肩の星はその年陸軍士官学校に勝った印。金星付きNのカーディガンを着ているとちょっと箔がつくわけです。詳しくは「大統領の推薦状:士官学校入学要項」記事をご覧下さい。反対に非常に重い罪を犯すと非公式にですがブラックNをもらったと称されます。これを喰らうのは黒星、黒歴史です。

ちなみにこの偽カデット、即刻海軍兵学校に戻って謹慎するようにと言い渡されたのですが、乗るバスを間違えて夜中まで学校に戻れず思いきり黒Nをもらいましたがダホメ大統領が士官学校にご飯食べにきて恩赦を与えたので無事クリスマス休暇をもらう事が出来ました。ダホメがあった頃のお話です。

終わりよければ

士官学校には厳しい規則と倫理規定がある。毎日の行動はすべてその規範の上に成り立っている。でも若いんだからそれなりの過ちも判断ミスもある。そのアヤマチの程度によっていろいろな罰を受けたり元からたいして貰えてない自由が束縛されたりする。だが運が良ければリセットの機会は向こうからやってくる。
それというのも大きな行事に偉い人が呼ばれると、ご祝儀として恩赦を出す事が慣習となっているからだ。もちろんやらかした罪の重さにもよるが、よほどの大事でない限り減免もしくは無罪放免。だから年末、素行の悪い者にとってアーミーネイビーゲームの勝敗の行方は単に嬉しいとか悔しい以上の意味を持つ。なにしろクリスマス休暇がもらえるかどうかの瀬戸際だからだ。勝てばたいていの罪は赦免され、無事クリスマスにお家に帰れる。恋人に捨てられる泣かれる心配もなくなる。

こうして毎年、陸軍海軍士官学校のアメフト対決試合の最後には勝った方のチョイ悪生徒に恩赦が与えられる。タイミングの問題なので偶然すべてチャラになる奴もいれば、謹慎が解けたばかりで遅すぎた春を満喫出来ない奴もいる。また日頃惨めな生活を満喫しているプリーブにも”自由”が与えられる。
最下級生のプリーブは悪い事なんか何もしてなくても自由がない。せっかく来賓の将官が「クリスマス休暇までの間、一年生に人間らしい振る舞いを許す!」と言ってくれても信用してはならない。そこは士官学校、たとえ無礼講と言われてもハイそうですかと羽目を外せばひどい目に遭う。だいたいアーミーネイビーゲームと期末試験は背中合わせ、ひどい時は試験期間と被ってたりする。試験のあとは休暇だ。自由を満喫するヒマなんかない。
11月、退役軍人の日の特集でスポーツチャンネルの雄、ESPNがアナポリス海軍士官学校からの中継を終日行った。で、一日生中継の最後、キャスターの締めの言葉は一年生に金曜の夜の外出許可を与えよ!だった。うん、ありがとう。お気持ちだけ戴いておきますね。


今回アーミーネイビーゲーム紹介第二弾なのでだいぶ説明はしょってます。ので、わかりにくい箇所や言葉があったらぜひ第一弾をチラ見していって下さい。管理人が喜びます。また語彙のいくつかは”用語一覧”に説明がございますのでそちらもお時間が許すようでしたらご覧下さい。

最後で最初のご挨拶

旧年中は思いもかけず沢山の方に当サイトをご訪問いただき嬉しい驚きとなりました。誠にありがとうございました。これからも皆様に楽しんで頂けるサイトを目指し研鑽を重ねる所存です。本年もなお一層のお引き立てを賜りますようお願い申し上げます。
今年が皆様にとってさらに素晴らしい一年となりますように!


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