士官学校流靴磨き: 顔が映って一人前

兵学校での服装検査風景なぜかCPOが服装検査中。普通は士官の教官か上級生が行うのだが。
背景はバンクロフト・ホール

インスペクション(検閲/点検):非常時に備え手順や細かな規則を完璧に記憶し、整理整頓を体に叩き込み、いつでも臨戦態勢な士官を量産する為の手法のひとつ。決して上級生や教官のストレス解消の場ではない。

靴磨き。これが完璧に出来ずして士官学校に行ったとは言えまい。人工皮革(コルファム)の堅くて磨く必要のない靴が支給されるものの、本物の革靴をピッカピカに磨き上げていると服装点検の際にちょっとオマケ点を貰える。特に教官から。これが結構重要である。 なにしろインスペクションに合格しないといろいろなお仕置きが待っている。外でライフル抱えて数時間立ち尽すとか延々と1人で行ったり来たりの行進を繰り返すくらい飽き飽きすることはない。最短3時間中央値6時間と来ればなおさらだ。儀状用ライフルだって結構重いのである。弾が入ってなかろうが行進用だろうが腕が疲れるのである。だから、一度キズが付いたら隠せないため新品を常に用意しなければならない合皮の靴より、ある程度の傷は手入れで直せる本革で勝負なのだ。磨き方の基本は陸海空問わずこの方式 ↓ (Spit-Shine)。

靴磨きの方法・士官学校流

サンプルが変な靴でごめん。(Sorry for the shoes being soooo not authentic.) (検閲が入ったので英語部分を加筆。日本語は読めなくても写真は見えるんだった。だから最初に謝ってるじゃん日本語で。。)白い靴は白のポリッシュで同作業。商売用でなく検閲突破方式なので、昔取った杵柄の教官に手間がかかっていると理解させれば良い。踵は簡単に光るが爪先から小指側のエリアを神々しく輝かせるには時間が必要。レイヤー重ねがポイント。ポリッシュ(ワックス)で鏡面ハードシェル・コーティングを作るのが狙い。光らない場合はたぶん力を入れ過ぎている。ガシガシこすらないように。実際は新しい靴で始めるので靴クリームなどと言う女々しいものは必要無し。当然靴ひもは外す。細部(穴や縫い目近辺)にもワックスを入れるのみならず底まで清掃しよう。

布よりコットンボールがいいとか最後の層は青のポリッシュでとかパレードグロスはどうしたとかリンカーン一択とかいろいろ意見はあろうが、ライターでワックス済みの靴を焙るのは素人にはお薦めしない。革に優しいとも思えない。アーマーオールや床用ワックスは論外。手抜きでポリッシュをブラシで散らして薄付きにするのは光が薄い。素直に時間と手間をかけるのが一番だがパンティストッキングなら誰でも艶が出るし無難。強面の軍人が常時パンストを携行しているのも変な話だがとっさに光らせる必要がないとも限らない。士官学校のコストコサイズのよろず屋で一棚占領しているのが靴磨きグッズなのもむべなるかな。ついでに隣の女性用品の棚でパンスト買えるのも便利。お外で男がそれ買ったら変態扱いは必至だもんね。

海軍の制服のクリーニング風景楽してごめん。ビニールかかって戻って来る兵学校の制服

アイロンがけ。後々役に立つ技術。極めれば芸術。エクストリームスポーツですらある。だが米国海軍兵学校にアイロンがけはない。サンドハーストでは王子も自前のアイロン台持参だが、ああ陸軍でなくて良かった。ダートマスでも必須科目だが、ああブリッツでなくて良かった。くそ暑い夏の最中のアイロンがけなどごめんだ。寮の部屋にエアコンなどないのだから。メリーランドの酷暑を若さで乗り切るにしたって限度というものがある。(最近エアコン導入。情けない)ダートマスや某A大の方々には申し訳ないが、アナポリスでは服は全てクリーニングに出せば良い。パンツでも靴下でも自分の認識番号付きの網袋に入れて出すだけ。制服はガッチガチに糊が効いた板状になって帰ってくる。曲げるとバリバリ音がするほど。

これらは次の検閲に備え、用途別制服各一式を一揃えづつ取り分けておくのが賢いやり方である。服装検査(容儀点検)直前に靴を磨いてしわを伸ばすなんて時間はない。何しろベルトの金属バックルが曇っていても減点である。かすり傷でも付いていようものなら着用すら許されない。で、クリーニングから返ってくるとタグを取ってきちんとクロゼットに仕舞っておく。いつインスペクションがあるかわからないのですぐ着られるようセットで用意する。準備は万端。

とある日突然やって来た先輩に服を2分で着替えろと命令される。一生懸命作業服に着替える。カーキに2分以内に着替えろと言われる。ひっちゃきで着替える。そして次。また次。儀丈用の礼装などはボタンがめったやたらとある上にボタン穴がキツい。はめるのも外すのも大変だ。2分なんてどだい無理。そうしてさんざっぱら着替えさせられたあげく、「では唯今よりインスペクション開始」と宣言される。鬼である。もちろん畳み直す暇もハンガーにかける余裕もなかったので服は散らかったまま。やる方にしてみれば宣言時の相手の表情を観察するほど楽しいことはない。服のままシャワーを浴びさせた後に2分で着替えろ、と言わなかっただけ優しいと思え。

米海軍女性水兵の髪型検査ちっともユルくない服を着た女性水兵の
髪型検査をする士官達

事前に通達があっても油断は出来ない。皆必死にガムテやコロコロやエチケットブラシ等のホコリとり器具を手に糸くずその他の除去に血道を上げる。ひとりでも不合格なら連帯責任にならないとも限らない。なんといっても黒い制服はゴミが目立ってしょうがない。夏服だって白いから汚れは目立つが、汚れるようなことは体操着や作業着でするからいいのである。ちなみにセーラー服着用はプリーブ(士官学校最下級生の夏期訓練中)と下士官以下だけ。兵学校では朝イチの授業が体育の時のみ水兵服の下に体操着着用で朝礼に出ても構わないがこれは例外。いつもきっちりピッタリの制服なのでユルい水兵服は楽で人気がある。かといって用もないのに着ているのがバレるとヤバい。たまにだからこそのささやかな幸せである。

兵学校の寮室のシャワー世界でも珍しい掃除の行き届いた
男所帯のシャワー

で、服装もそうだが部屋も塵一つ落ちていてはならない。ごたごたと物が机に載っていたりしてはならない。教科書だろうがなんだろうがダメ。全て所定の場所に仕舞っておく。シャワーにシャンプーや石鹸が置いてあってもイカンのだ。石鹸箱に仕舞って所定の場所に。しかもその場所は浴室ではない。シャワーカーテンに石鹸跡やカビなどがないかチェック。浴室床に石鹸が残ってないかチェック。鏡も曇りひとつ水刎ねひとつあってはならない。 ベッドの毛布やシーツはシワがないどころかコイン一枚挟めない異常な密着度にしっかりとメイクされ、それを崩さないようその晩はシーツの上に寝るか、寝袋でベッド以外の場所で丸くなる。もちろんそんな手抜きがバレないような注意も怠ってはならない。
ベッドの金属の手すりは指紋などついていないばかりか顔が映るまで磨き込まれ、床も当然ワックスで輝いていなければならない。まあ、ちゃっかり薬品で古いワックス剥がしてスポンジで拭く、なんて手ぬるい方法だけど。日本の小学校じゃあなあ、人力で古い層を剥がしてワックス塗って毎日雑巾で乾拭きゴシゴシして光らせてるんだぞ、縁の欠けたPタイルを。給料なんか出てないんだぞ。

 2:00、枕の下、シーツにシワが寄り過ぎ。やり直させろ。新入生?やり直し。


ちなみに日本の学校がどんだけ士官学校並みに - もしかしてそれ以上に - 軍隊式かというと。制服があれば死ぬほど細かく規則が決まっている。遅刻不可。朝礼あり。教師はお立ち台上。前へならえ。回れ右。給食を完食できないと放課後残される。下校時の買い食いダメ。ちょっとでも目上の意に染まぬことを言ってもしても殴られる。試合に負けると教師に竹箒で殴られる。なんだ、殴られないだけ欧米の士官学校のほうが生温いじゃないか。

アナポリス海軍兵学校の寮部屋アナポリス学生寮の見本部屋。サンプルなので
ロッカーはガラス張り。こんなくしゃくしゃの
ベッドでは到底点検に通らない

毎週のように繰り返される点検や検査を前にし、舐めるように掃除したにもかかわらずどういうわけだかホコリが出てくるのも摩訶不思議である。嫁いびりの姑がホコリ吹き付けてまわってるのかというほど、窓枠上桟やら椅子の足から埃が登場する。まあ白手袋で「ついっ」をやるような意地悪な先輩にかかったら、紳士の国の士官候補生といえどこいつホコリ隠し持ってんじゃねーのと疑いたくもなろう。

もっともホコリが湧いて出るのはイギリスと日本に偏っているようだ。他の国の上級生の点検がいい加減なのか、備品や施設の老朽化が原因なのかは不明。湿度とも関係・・・ないか。女王陛下のお住まいはあんなに豪華ですのに。年賀ハガキの景品の毛布を大量に寄付したのは美空ひばりだったか…。まさか某大の毛布の由来?

兵学校の寮室のロッカー危険なのでロッカーの上を手で走査するのはやめましょう

我が国の某大ではなぜか寮内がホコリだらけ(ソース=アンサイクロペディア)だというが、がさつでおおざっぱなアメリカに負けてどうする。きれい=「美しい」&「清潔」と両方の意味があるなんて日本語だけだぞ? もし日本人の超絶技巧細密掃除力を持ってしても除去が不可能なのなら異次元空間に相違ない。将来ワープ航法や時間旅行が可能になるやも知れぬ貴重な位相であるからゆめゆめ取り壊してはならないと思う。一つ間違うと帝都物語みたいな世界とつながってるかもしらんが、国会議事堂に比べれば今更実害があるものでもなかろうから構うものか。

ときどき目線より上の棚やロッカーの上に置き忘れた、もしくは隠したまま忘れていた妙なモノにべったり触ってしまい涙目になる先輩に笑いをかみ殺すこともあるが、後で全員一蓮托生に涙目にされるので正面切って笑ってはならない。その妙な物(おとなしい例:ジェル靴墨)が儀状用の礼服にかかってしまって先輩が怒り狂っても平静を保てれば、お仕置きは置き忘れの当人だけで済むかもしれない。BRNCではそんな奇跡が過去にあった模様。友情はどこに置き忘れて来たんだ?

ともあれこれらの家政技能を獲得し4年もの間研鑽を重ねた割には卒業後自宅を自分で掃除する奴を見た事がないが、きっと虐げられた過去の辛い思い出に触れたくないせいだろう。メイド雇うくらいの金はあるしね。そのメイドにベッドメイキングの正しい方法を事細かに指定して辞められたりするかもしれないけど。
ところで独身士官はめったに貯金しない。卒業するやいなや軍がここぞとばかりに条件の良すぎるローンをあれこれすすめてくれるから、いつの間にか贅沢に慣れきってしまい抜けられなく…いや、年金受給資格が取れるまでご奉公する事になるのだ。衣食住が保証されてるんだから溜めようと思えば毎月かなりの額になり、複利で増えていくのだから貯金は早く始めるに越した事はないのだが、そう思うのは船乗りならめったに帰りもしない住宅のローンを組む年齢になってからである。それだって無利子かというような低利で借りられる。まあこの辺は公務員。

ただ昔は永久就職高給取り行動堅実絶対安全牌の士官だけが加入出来た軍の信用金庫あたりが普通の金融機関に憧れていろいろ手を出すようになってからは、兵卒とその家族も加入出来るようになって利率も今ひとつである。こういう人達は車で事故ったりローンが払えなかったりカード使い過ぎたり職にあぶれたり買い物しまくってブツを友人や親戚や質屋に託した後自己破産するのでリスクが大きいからね。いったい海外の金融機関は日本のバブル崩壊を見ていなかったのだろうか。リーマンショックとかもだけどさ。閑話休題。

米国海軍兵学校の士官候補生の白い靴が並ぶ光景折り目正しく清廉潔白であれ

こうして得た特殊技能。自分ちを掃除する事はなくとも、小銭稼ぎの種にはなる。夏休みにタダの軍用機で旅行に出かけた士官候補生、若者らしく金を使い果たし民間空港に到着。そこからなんとしても帰路に付かねば新学期に間に合わない。頼みの友人家族は他の州だし何しろ同級生も車持ってない(注:2年生だから。関連記事 ”美食の報酬” 参照)から誰もお迎えに来てくれない。自分の道は自分で切り開くしかないのである。
そこで彼はまばゆいほどの純白の制服をやおら取り出して着込み、いきなり靴磨きの立て札をボール紙かなんかででっち上げる。何しろ目立つ制服だ。物珍しさで客が付く。士官学校の生徒ならアブナくないと踏んだのだろう。白い軍服の影響力はたいしたものである。所場代も払わず無事小銭をゲットし帰還なった。他にも通りすがりの女をたらしk・・お願いして送ってもらった奴もいる。まず帰りの交通費くらい取り除けとけよ!

今では禁止されているが、ヒッチハイクでも白の制服だと女の子でもないのにすぐ車が止まったそうである。たまにモーホのドライバーに引っかかり這々の体で逃げ出して懲りるまでは皆がやる交通手段である。親切な人だと思っていたのに、ハイウェイで120km/時を超えた頃エンジン以外の場所でピストン運動が始まったりしたらそりゃ男でも泣く。まあ、相手がよほどのガチムチ超速兄貴でもない限り、若くて逃げ足の速い候補生がむざむざ餌食になる事は少ないだろうが。やっぱあの服は男にも人気なのかねえ?

海軍の間違ったイメージ間違い (NOT real officers)

言っておくが軍隊=ゲイだらけ、というのは間違いである。ずっと内緒にして無事退役し年金貰ってる男がどんだけおホモだちを見つけられなかったか悲しそうに語ってくれたのでたぶん間違いない。そもそも世の中の大抵の男はストレートだし、そうでない奴は民間で美容師になる。それにそのケのある奴はお洒落も出来ず他人の言うなりにされ泥だらけになるような環境が嫌いだ。だいたいモーホなのがバレたら除隊だしバレなくてもそれっぽく見えるだけでイジメ殺されかねない。

海軍の正しい男女関係現実:たいてい卒業即結婚。女が放っとかない()

中学高校とホモフォビア連中に虐められて来たのに、さらに虐められに軍に入るようなバカがいるとすればそいつは恐らく真性のゲイではなく単なるMだろう。士官学校に行く大部分の人間は男女問わずタイプAのSであるため、Mがいればすぐ感知されひどいめに遭う。同級生にまでいじめられたら安らぐ暇がない。まあいじめられなくてもあんまり安らぎは無いが。とにかく卒業までこぎ着けたいならゲイもマゾもとっとと宗旨替えした方が良さそうである。特に腐系の皆様に釘。女がらみのバカ話なら積み上げて天国に届くほどあるのが軍隊です。

空母ニミッツにおけるMH-60s シーホークヘリコプターの点検MH−60s シーホークの点検中
あだ名はナイトホーク

インスペクションは学校時代だけでなく、軍にいればどこまでも付いてくる。大抵先触れがあるので、その点検箇所や項目のみ重点的に整備する事になり、実際に艦が戦闘態勢を取れるかとかパイロットの練度がどうとかはどーでもよく、お偉いさんが見に来るところを磨き上げる。その時間を捻出する為に本来の職務に費やす時間が縮小される。これを改善し、というかいつでも全てが完璧であるようコントロールするのが理想に燃える正しい熱血青年士官の役割である。
ただ「常時臨戦態勢になければ軍とは言えない。いつも故障のないようにしとけ」などと命令するだけでは何も起こらない。下士官に口答えは許されていないが、はいはいと言っておいてのらくらする事までは止められないので命令を実行させる技を身につけねばならない。アメとムチである。軍曹だって人の子。辞めさせられたら困るし、昇級も昇給も欲しい。休暇も欲しい。

空母ジョージ・ワシントンでの投錨点検信頼性調査に向け最終点検中の
空母G.Wでの投錨実験

だから半舷上陸したいなら故障を直してから行け。それまでは居残り、などとハードコアぶってみる。奇跡的に全てが直る。今までの数ヶ月はなんだったのか、などと小一時間問いつめてはいけない。CPOと喧嘩しても得るところは少ない。
たまに士官に面倒をかけないのを身上にしている先任の曹長 (Cheif Petty Officer, CPO) もいる。アンタは座っててくれ、(邪魔だから) というわけだ。元々機器の修繕だの部品の管理などは士官の仕事ではないので当たり前なのだが、何か問題があれば上官の責任となるゆえこのような部下に当たったら心から自分の強運に感謝するのがよい。言われなくても自分のおかげだと思ってこれしきも疑わないのが士官学校(とハーバード)出の人間に共通する資質であるが。

多目的強襲揚陸艦サイパンのボイラー室
(機械室)の一部

アメもいろいろ。娯楽を提供すると称して洗脳するもよし。例えばボイラールーム勤務は数時間ぶっ続け立ちっぱなのに騒音のせいで音楽すら聞けない。だが紙媒体ならポケットに突っ込んでおいて好きな時に読める。陸から持ち込んだ物などとっくのとうに読み尽くし遊び尽くしているので、上官が配るチラシでもつい読んでしまう。このニュースレターを面白ネタで埋め、各部署の必須スケジュールカレンダーを搭載し、所々にさりげなくあるべき軍人の姿や職務遂行の尊さを書いておく。しばらくすると「次マダー?」と聞かれるくらい艦内全ての部署に浸透しファンベースが広がる。艦内全ての故障が消え始める。士気が上がる。

で、一介の新任士官の多大な影響力を恐れた艦長により廃止される。また点検のたびに自転車操業でピンポイント修繕する世界が戻ってくる。元の木阿弥。言うまでもなく実話。こうして軍は理想家の撲滅に成功し、才能が民間に流れて社会がよりよく機能するのである。


追記:

文中の地名は下記の士官学校の所在地であり、各校を指すニックネームです。

アナポリス=米国立海軍兵学校=合衆国海軍士官学校
ウエストポイント=米国立陸軍士官学校
ダートマス=BRNC=英国王立海軍兵学校
サンドハースト=英国王立陸軍士官学校


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