感謝祭外伝: フレンチ・コネクション

年末パーティラッシュ

アメリカの秋冬はイベントラッシュ。ハロウィンに感謝祭にクリスマスに大晦日年越しパーティ。士官学校は公立なので宗教色は出せないから正面切ってクリスマスとは言わず”祝日シーズン”などとあいまいに表現されますが。かててくわえて一般世界には関係ない軍の誕生日だとかフットボールをはじめ士官学校対抗試合関係の催し物が盛りだくさん。

陸軍士官学校の祝日の食堂デコレーションデコレーションが華やかなウエストポイント陸軍士官学校の祝日ディナーテーブル クリスマスは休暇中なので12月初旬にまとめてやっちゃう

感謝祭。七面鳥には受難の日、人間にとってはストレスの溜まる日である。 いっそやめたらみんなホッとするだろうというイベント*。
なのに昔は休みを取れなかった士官学校が今は感謝祭にもお休みをくれる。 感謝祭は木曜日。次の金曜も休ませてくれるので日曜の夜8時までに士官学校に帰り着けばいい。とはいえ近所住まいならともかく、実家が遠い場合はほとんど移動に費やされるのでわざわざ帰るのはアナポリス海軍士官学校で2割程度。中には家庭の事情で帰りたくない帰れない候補生もたまにいる。死ぬ程遠くから来た留学生というわけでもないのに、クリスマス休暇ですら士官学校に居残る人間が少数ではあっても存在する。誰も彼もが仲睦まじい家族や理解のある家庭環境に恵まれているわけではないのだ。

スポンサー制度

士官候補生をディナーに呼ぶスポンサー士官候補生と食事を共にする里親のご家族

そうした学生達にひとときの憩いを与えようと尽力する親代わりの人物や「出世払いでいいよ」な飲食店オーナーなども昔はいたが、今は世の中が複雑怪奇になり過ぎて下心を疑われたりとそう簡単にはいかないようだ。そういう訳で士官学校では公式に審査されトレーニングを受けた「スポンサー」の皆様が全米津々浦々から集まる士官候補生のサポートを買って出て下さっている。アナポリス海軍士官学校では1956年より開始。学校の礼拝堂ドームから22海里以内に住んでおられる方ならスポンサーになれる。これは士官候補生の里親の役割をして下さる方々だ。実家が遠い候補生を感謝祭のディナーに呼んでくれたりする優しい人達である。

士官学校の一年生であるプリーブは車の所持禁止運転禁止、同乗するにも教官や監督、上級生に実の親など相手が限られる。一番簡単なのは先輩の腰巾着だが車がないんだからアッシーすら出来ない状態でひたすらお慈悲にすがるのも気が疲れる。で、スポンサー様のお出ましとなる。
どこぞへ買い物に、空港への送り迎え、スポンサー宅の自分専用部屋でだらだら、ソファに寝転んでゲーム、彼女と思う存分ラブラブ、テレビ見ながらご飯。すべてがスポンサーの存在により可能となる。

士官候補生が校外にアパートを借りるのは校則違反だしバレなくてもめったに使うヒマがないし乱痴気パーティの翌朝も誰も掃除なんかしてくれないが、スポンサー宅は掃除洗濯食事に送り迎えつき。たまにスポンサーがガチガチのクリスチャンで、婚前カップルは同じ部屋に寝かせませんてのもあるが、多少の不便は口うるさい執事と厳しいばあやを持った貴族の若様気分でいなせば良い。

トランクルームから送迎までご要望承ります

だからといってスポンサーの忍耐の限度を試し、士官学校の基準における悪事に引きずり込み、出来うる限りのサービスを搾り取るのはお薦めしない。日頃の品行と良心に照らし合わせて自己責任で行うように。校外に内緒でアパートを借りる時の保証人になれとか無茶を言われてもスルーして下さい、ってスポンサー心得マニュアルに書かれた原因の君、反省したまえよ。

いちばんいいのは放っといてくれるスポンサーかもしれない。何しろ士官学校での暮らしは規則と義務でがんじがらめ。特にプリーブは厳しく監視され心の休まる暇がない。欲しいのは睡眠だったりする。だから誰もいない部屋でひたすらリラックスし、好きな時にテキトーに食べ昼寝してから皿洗って洗濯して映画見て好きなだけシャワー浴びて、なんてのが至高のヨロコビだったりすることも。そんな時間が「必要」な人間が士官学校で生き残れるとは思わないが。
だけど昼寝はともかく何で洗濯が命の洗濯に繋がるのかなあ?士官学校にも洗濯機たくさんあるし、たいていの汚れ物は学校がまとめて代わりにやってくれるのに。私服のお洒落着とかシルクの下着とか?

さて、このスポンサーを続けていくには3年に一度、里親の心得を再確認するためのミーティングに参加しなければならない。士官候補生は公務員であるし普通の大学生のように好き勝手させるわけにはいかないので一般市民であるスポンサー様にも規律やサービスの限度を知っていただかなくてはならない。酒飲ませちゃ駄目とか私服禁止とかAV視聴禁止とかスポンサーの息子のバイクで夜遊びに行っちゃダメとか。

ではどのような方がスポンサーを買って出るのか。自分の子供が巣立ってしまって淋しい人。自分の子供に品行方正な士官候補生を見習って欲しい人。元卒業生。元軍人。国の為に何か役に立ちたいと願う人。国の為に命を捧げる覚悟の若者に感謝の念を隠せない人、と動機はいろいろある。士官学校の近所に住んでいてスポンサーになるのが趣味のような人もいれば、誰かの知り合いや親戚が候補生指名で里親になる事も。中には士官学校から歩いて5分のウォーターフロントにお住まいで家族用とは別にキッチンバスTV冷蔵庫電子レンジに汚してもいい中古のソファ完備の階を士官候補生用にと思ってるけどあと他に何をしてあげたらいいですか、ヨットクラブの設備もいつでも使ってくれていい、なんてお方も。それ月いくらで貸してもらえます?

学校の方もなるべく興味や趣味の似た者同士を合わせようとはするものの人間同士の事なので相性もあり、うまくいかないようならスポンサーを変える事も出来る。今は士官候補生のほうからも禁煙希望とかペット/子供不可などの希望も出せる。絶対いた方がいいとは言わないが、近所に車を持って待機してくれている家族のような人がいるというのはとても助かる。急な発熱に付き添って看病をしてくれる赤の他人なんて望んで得られるものじゃない。もちろん士官学校には医療設備が整っており休みの日でも対応出来るが、実の親にしてみれば安心の度合いが大幅に異なる。一応プリーブ(士官学校の最下級生)の間だけの里親なのだが、その後も親交を温めるケースが多い。スポンサー宅に着くなり入り浸りの上級生と鉢合わせするプリーブは可哀相やな。

このスポンサー制度、なりたい人が多過ぎて30マイルに範囲を広げたらしいが、そこまでいくとちょっと車でお迎えに来てもらうにもかなり時間がかかるので頼みにくいような気がする。帰りも門限があるから遠いと遊べる時間減るしねー。まあ方角によっては大都市や空港の近所という利点もあるだろうけど。

時間との戦い(文系除く)

海軍士官学校のフットボールユニフォーム2014フレンチ水兵風ユニフォーム
byアンダーアーマー #史上最低

一番の問題は士官候補生には時間がないということだ。だからわざわざどこかのおじさんおばさんちに1時間かけて行く暇があるなら勉強なり課題なりを士官学校内で済まし、残り時間は同年代の仲間とつるんで過ごす方が楽しいし効率がいいに決まっている。若い者は誠に恩知らずでございます。特に初冬は対陸軍士官学校のアメフトの試合もあるし期末試験も控えているしで士官候補生はひたすら忙しい。今年は試験の最中にアーミーネイビーゲームがあったし。詳しいスケジュールはこちら。

陰謀説確定

虚しい希望に燃える陸軍士官学校

で、また勝っちゃったよ13連勝。なんとかしないと伝統の終焉も近いよこれじゃあ。てかすっかり忘れて試合見てなかったもん、親戚から電話があるまでは。それにしても何だあのユニフォーム。冗談としか思えない。おフランスじゃねえぞまったく。これでも勝っちゃうんだから来年はピンクのチュチュでお願いします。

しかも恥ずかしいのはそこで終わらなかった。校歌斉唱のとき思いっきり伴奏とズレてたのは音が聞こえなかったのか。もちろん放映画面でははっきりバンド演奏が聞こえるのでみっともないったらありゃしない。おそらくまわりがうるさ過ぎて生演奏がかき消され、最初に歌い始めた候補生に皆が合わせた結果だと思うが、メチャクチャでかい声の体育会系4000人でアカペラはキツい。歌が上手で絶対音感のある人間はめったに士官学校に来ないからねえ。。。

陸軍士官学校の場合

課題の奇抜な提出方法を競う陸軍士官候補生課題の奇抜な提出方法を競う陸軍士官候補生達
いつもいつも真面目一辺倒ではありません

ウエストポイント陸軍士官学校にもこのスポンサー制度はあるが、周辺人口が極端に少ないせいかこちらは校内のスタッフやコーチなどの士官将校、あるいは近所の基地内の軍人軍属などに限られており何やらお堅い感じである。名称も指導者プログラム。右も左もわからないプリーブを正しい士官への道に導く同業者群。物置き兼アッシーでOKとはどこにも書いてない。呼ばれた時に礼儀正しく夕食をご一緒し薫陶を拝聴するっぽいイメージである。まあこれも人によるので優しくてカジュアルなスポンサーもいるとは思うのだが・・・。

なかには南部出身者のみという縛りつきのご家庭も。奥さんが自分の南部訛りを笑われたくないからなのだそうだ。ウエストポイント陸軍士官学校はニューヨーク北部の山奥にあるのでド失礼な田舎者ヤンキーに遭遇したのかもしれない。訛りを笑うなんて南部人にとって想像もつかない礼儀にもとる行動である。アメリカ人の子供は全員週1以上でジョージアのサザンベルかバージニア紳士に礼儀作法と社交会話を習うべきだと思う。自分もぜひ習いたい。

沿岸警備隊士官学校の場合

沿岸警備隊の場合は28歳以上、25マイル以内に住んでいる現役士官もしくは数が足りない場合は退役士官や民間人も考慮するとのこと。推薦状2通も必要。入学には推薦状いらないのにね。

SR-71 copyright Dane Penland, National Air and Space Museum, Smithsonian Institution

空軍士官学校60周年おめでとう&SR-71♡50周年

空軍士官学校も里親候補はやはり士官学校の教員や現役の士官で軍に骨を埋める気の人が主で、もし人数が足りなそうなら退役軍人や州兵や公務員、空軍士官学校の卒業者なんかも考えてあげてもいいよ、とのこと。規則や用語などを民間人に説明するのが面倒なのはよくわかる。ただ内容はアナポリス海軍士官学校に近く、リラックスできる環境を提供してあげて下さいな、というくだけた感じ。
ただしのっけから「未成年への酒類の提供はコロラド州法で禁止されています。違反者には6ヵ月以上18ヵ月までの懲役または500−5000ドルの罰金が科せられ、6ヵ月の免許停止を言い渡されます」とある。アメリカでの免停は究極の極刑なので、感謝祭のテーブルでうっかりビールやワインをそこらへんに出しっぱなしにしておかないほうがいいだろう。士官候補生は謹厳実直が売りとはいえ、なりたてのプリーブに高校生気分が抜け切ってない奴がいないとも限らない。

感謝祭蛇足:トリ編

ひなたぼっこする雉逃げないので激写したひなたぼっこのキジ

* ベン・フランクリンが国鳥にイチ押しした七面鳥は建国の父がアメリカのシンボルとして推すくらいだからちょっと郊外に出れば日本の国鳥たる美しいキジも交えてそこらへんの芝生を闊歩している。うちみたいな田舎だと交通の邪魔になるくらいいる。春はヒナ1ダースほど連れて台所のまわりなんかをお散歩しているし、秋も深まると皆さん丸々と太ってもうどこから見ても立派な夕飯が歩いてるようにしか見えない。

七面鳥の夫婦(推定)今朝も14羽ご訪問済み

素人目にもつかみ取り状態ののんびりした動き。隠れるものとてない平原に群れ、ひたすら地面を突ついておられる。一応トリなんで飛べることは飛べるがせいぜい近くの木の上に飛び上がるくらい。木にとまった七面鳥は狩ってはいけないそうだが、そもそもそこまでする必要はまったくないと思える。散弾銃をテキトーに腰だめでぶっ放せばどれかには当たる。

さらに近所には食肉用の白い七面鳥養殖場があり、目撃するとアメリカ人が泣いて喜ぶ現国鳥、白頭ワシが物欲しそうにたむろって直近に造巣しまくっている。もちろん網と柵でばっちり囲まれワシどもの付け入る隙などありゃしないのだが、ワシはそこまで頭が良くない(ソース:ニルスのふしぎな旅)。

鹿を食べる白頭ワシ車にはねられたシカさんを解体するワシさんを激写
…したかったがそういう時に限ってiPhoneしかなくボケボケ。痛恨のあまりの再現写真がこれ

その素晴らしい視力で獲物の魅力に引きつけられその場を立ち去れずにいるだけなのだろうが、よそから来た感謝祭の客は初めて見るナマの国鳥が複数空を優雅に舞うのを見て感激するのでまったく構わない。ついでに言うと公園で寝そべるとハゲタカが舞い始める。散歩中のチワワがフクロウに襲われる。キツツキに早朝文字通り叩き起こされる。窓ガラスに映った自分の姿に青カケスがダミ声で宣戦布告する。
バードカフェ?お金払って何を見るって???


感謝祭蛇足:ヒト編

で、人間の方は何がストレスなのかというと。昔の感謝祭は同じ村の友人家族が集まって一緒に御飯を食べるという簡単な話だったのだが、今や家族はアメリカ全土、下手すると地球全体に散らばって住んでいる。大陸横断だと飛行機で5時間、それにセキュリテュチェックだとか遅延欠航なんぞを入れたら何時間かかるか知れたものではない。車だって死ぬほど道が混雑する。何しろ感謝祭は木曜日。前日まで仕事がある。(アメリカ人は普段から金曜や祝前日は平気で2−3時頃に早退するけども会社が水曜を休みにしてくれるとは限らない)だから渋滞は一時に集中してしまう。壮大な民族大移動である。

受け入れる側だって大人数の晩餐の用意はもちろん皆が泊まる部屋のリネン類を準備したり(大抵の子供は大学入学や就職時に実家を離れるので高校生気分満載の部屋が当時そのまま残してあるが)ガレージのガラクタを片付けて駐車スペースを増やしたりいろいろ大変である。

艦上でも七面鳥ディナー艦上で七面鳥ディナーを用意する厨房スタッフ

某カリスマ主婦が煽ってくれたおかげでテーブルの上はデコレーションが占領し肝心の御馳走を置くスペースが片隅に追いやられている。その食べ物も普通においしい料理でなく手の込んだ物珍しい材料をふんだんに使ったマズいけれどもお洒落な品を用意しなければならない。少なくとも作る方は残念ながらそう思い込んでいる。みんなスタッフィング(パンとセロリの詰め物。肉汁を吸ってプヨプヨプディングになる)大好きなのになあ。もちろん軍隊では定番しか出ませんよ。家庭の味じゃないとブーイングの嵐だからね。

感謝祭の食事メニュー感謝祭定番メニュー 海軍士官室の食事はお品書き付き
クリックで拡大。オマケ記事付き。

おまけにデカい七面鳥の丸焼きなど年に一度しか作らない(小さいのはどこのスーパーでも焼きたてを売っている)ので手順が思い出せず必ず何か失敗する。計算を間違って一向に中まで火が通らないトリの焼き上がるのをひたすら待ち続けることも。産婦人科の医者に「まだちょっと未熟児かもだけどもう食べられると思うわ」と言われてげっそりしても客は絶対に全部味見して褒めねばならない。褒められるのでまた次回も凝り過ぎてしまい定番料理は出て来ない。

あげくにアレルギーもないのにグルテンは毒だから食べないとか言い出すバカが後を絶たない。そういうやつに限って有名店のベーグルに詳しく、生麩まんじゅうなどを出すと喜んで食べるしもちろんピンピンしている。だいたい本当にアレルギーのあるやつは他人の言うことなど信用しない。いい加減な言葉を信じて死んだら困るからである。ごちゃごちゃいうのは構ってチャンと相場が決まっている。

崩壊家庭の増加

まあここまではいい。だが最近は家族関係が崩壊というか複雑化し過ぎている。離婚再婚を繰り返す度に訳あって祖父母が引き取った元妻の連れ子だの顔もみたくないと公言する元夫にそっくりの子供などが増えていく。家族と言ってもどういう関係だか何度説明されてもわからないような間柄だったりするとよほど幼児でもない限り子供だって気疲れする。昔なら同年代の子供が必ずいて一緒に遊べたが今や子供が生まれる時期などバラバラ。知らない大人に囲まれて嬉しいわけがない。そこに自由恋愛主義の内縁の妻の今月の婚約者だのゲイカップルなんぞが加わり、食卓での話題は呆れるほど制限*される。

* ただし元配偶者の悪口はいくらでも展開される。だけどさあ、初婚ならともかくバツ3の時点で悪いのは全部相手で自分に非はないっていう論理、かなり眉唾というか思いきり破綻してね?それに子供のお父さんお母さんをケチョンケチョンにけなすのいい加減にしなよ。子供だって傷つくんだよ。

そして独身者に至ってはどこにも呼ばれない悲劇を回避したとしても今度は早く誰かいい人見つけなさい攻撃をかわさねばならない。このテーブルを囲んだカオスな家族構成のどこ見てそんな無責任なこというんだよ、結婚なんてくそくらえというやつである。

肉の切り分けは大事な仕事肉の切り分けステーション

そのうえ今までは台所にも入らず感謝祭はフットボールの試合をみながら七面鳥が焼き上がるのを待つだけで良かった男性陣も家事を手伝わないと何を言われるか知れないので訳もわからず手を出してかえって邪魔になったり、昔は男性が喜んで引き受けた肉を切って分配するという役柄を日頃電動工具など持ったことのないディーヴァ*に任せてせっかくの肉が台無しになったり(アメリカ人はナイフだろうと缶切りだろうと電動のものがあれば決して自分の筋肉を使おうとしない)と感謝祭が楽しい要因は今やどこにもない。
もっとも外科医が肉をうまく切れなかった時もみんなちょっと固まってたな。「焼いた肉は勝手が違うな〜」とかいって誤摩化してたけど。次回は肉屋でバイト中の剥製士さんに頼もうっと。

* ディーヴァ:元の意味は歌姫だが、アレサ・フランクリンでない場合は態度がでかくワガママで自分が世界の中心な人物という意味で使われる。つまりジェニファー・ロペスやパリス・ヒルトンや浜崎あゆみタイプの人達である。多くはファッションや髪型化粧がばっちり決まっていて他人と見れば従僕にせんと初対面から心理アタックをかましてくる元チアリーダー系の派手な方々をいう。本物は才能があるからわがままが許されるのだが、一般人の場合容色が衰えるとただの嫌われ者である。

子供の立場

こうしてアメリカの子供達は妙に大人びた対応を学んでしまう。子供は親を選べないし生まれて来る環境すらもロシアンルーレット。名士や資産家の家に生まれたからといって幸福であるとは限らない。傍目には何不自由ない幸せな家庭でも。
P!nkのファミリー・ポートレートという歌をご存知だろうか。歌詞を聞いているとひどく悲しくなる。初婚の離婚率が半数を超え、しかもそいつらが再婚離婚を繰り返す今のご時世では子供はいい面の皮だ。身の置き場がない。

家族の肖像

ある士官候補生に彼女がいた。画像でお見せ出来ないのが残念な美女。才媛。性格も悪くない。華やかな場所が似合う。母親はMホテルグループ北米東海岸担当CEO。ニューヨーク市の某最高級ホテルの8部屋続きのスイートを4組、事務所と平日用の住居と友人家族用の予備室として使用。豪華な自宅はヨットハーバーの見えるコネチカットの高級住宅街、当然ウォーターフロント。娘もNY市に用事があれば、あるいは娘の友達が来れば何週間でもホテルの最も眺めの良いスイートを一人ワンセットずつあてがわれる身分。

けれど彼女の父親はたった一間のアパートとも呼べないような侘しい所にひっそり住んでいる。かってのセントラルパークを見下ろす超高級コンドミニアムでの暮らしから、車の盗難を恐れなくてはならない掃き溜めへ。なぜか。離婚の慰謝料を払うためだ。家と財産は全て妻に渡った。私立の学校で素晴らしい教育を受けている娘の養育費と学費。彼は今の仕事を辞めるわけにはいかない。一生働き続けなければならない。

NY市の真ん中で、物価が高く法律で上限規制をかけなければならないほど家賃が高い街で、慰謝料と生活扶助手当と養育費に見合う高い給料を約束する仕事場に通える範囲内に住むためには選択肢は無いに等しい。もっと郊外に出ればもう少しマシな環境なのに。いっそトレイラーハウスのほうがまだしも広くて清潔であろう。しかしそれには土地がいる。マンハッタンにそんな土地があれば苦労はない。

元妻が再婚するまで生活扶助手当からは逃れられない。仕事もせず遊んで暮らせるほどお手当がもらえるのに再婚する女はいない。ひどいのになると焼け太りならぬ別れ太りで数年ごとに家を新築したり高価な新車を購入したりする。金が必要なくても嫌がらせの為に再婚しない女もいる。好きな男が出来たら籍を入れず一緒に暮らせばいいだけだ。たとえ状況がどんなに妻の不貞を指し示していても裁判で夫が勝つことはこの国ではほぼあり得ない。養育費を払っていながら養育権も奪われ、実の子と話すことすらままならない人生。

ある感謝祭の日に

そんな希望のない暮らしを続ける父に娘は会いに行く。恋人の士官候補生も連れて行く。紹介されるほうもされたほうも気詰まりだ。いっそ死んだほうがいいような目つきで出迎えた父。そんな父を心配しながらも一緒に住むことは叶わない娘。若い男の目には一体何が映っただろうか。部屋の壁にかかっていた高級な仕立てのスーツがあまりにもそぐわなかったのが印象に残る、きっと最初で最後の出会い。未来を約束された士官候補生と愛する娘が帰って行く一流ホテルのペントハウス。その窓から見える景色の遠い遠い一角に、彼は住んでいるのに。


と、ここで終われば悲話なんだが、さすがに過去との落差に耐えられなかったらしく父は西海岸に避難。まともなアパート(アメリカではどんなに高級でもアパートメントと呼ぶ。マンションとは一戸建ての豪邸を言う。)と高給を手に入れた。なんだったんだよあの掃き溜め暮らしは。鬱で自虐だったのか。もしかして元妻への当てつけ?それはともかく士官候補生は卒業してニューポートにある水上艦幹部候補生学校の空き待ちを兼ねてNAPSでバイト中だった。それに会いにいく彼女。話をはしょるとこのモラトリウム士官はまた恋人の父に会ったわけだ。ごく普通の生活(通勤だの洗車だのゴミ捨てだの)に閉じ込められているカノ父を見て、これまた哀れを催すところが贅沢と非凡に慣れた士官学校卒業生らしいところである。若造めが。


芸術の都 花のパリ

さて、その立てば芍薬の才媛がフランスに美術留学することになった。国内であっても週末に会えるかどうかもわからない新卒士官の身の上では、追いかけるどころか時差と規律の厳しい学校のスケジュールのせいで電話もスカイプもままならない。やってることは士官学校でとっくに学んだ内容なので寝てても出来るが授業のおサボりは許されない身の上。別れようか。そうね、しかたがないわね。お互い引く手あまたなのでさっぱりした別れ際。彼女が自分よりおフランスを取ったというのに、傷心どころか彼女を女神のように崇めている同期の男に平気で繋ぐつもりでいるのだから男というのはしょうもない生き物である。そんなんだと将来離婚されるぞ?
まあ艦隊勤務じゃ結婚してても離婚同様に家に帰らない生活だけれども。

花の命は

花の咲き誇るようだった件の彼女。後にレバノン人と結婚し、あろう事か内戦で疲弊しイスラエルに空爆された「元」中東のパリ、ベイルートに行ってしまいました。もう消息も掴めません。きっとドバイにでも疎開しているのでしょう。大金持ちだし。無事だと信じましょう。

クリスマスにお正月。時間がなかったり、面倒なこともあるかもしれせんが、会いたい人がいるなら、好きな人や家族や友人と長い間会っていないなら、なんとか機会を作ってみましょう。世の中には帰りたくても帰れない任務に就いている方もいるのですから。

究極の隠れ家をどうぞ

え、恋人はいないし親戚の子供にお年玉あげるのが大変?じゃあ潜水艦に乗りなさい。全部機密だから祝日に帰らなくても連絡しなくても大丈夫!